エビデンスと理学療法・作業療法 EBPTに思うこと

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evidenceとは

一般には、医学および保健医療の分野では、ある治療法がある病気・怪我・症状に対して、効果があることを示す証拠や検証結果・臨床結果を指す[1]。エビデンスは、医療行為において治療法を選択する際「確率的な情報」として、少しでも多くの患者にとって安全で効果のある治療方法を選ぶ際に指針として利用される。

エヴィデンスという言葉、よく聞くようになりました。

Evidenceという言葉を、ぐつぐつ煮込んで、ミキサーにかけて、3日寝かせてから上澄みをすくうと、

一定のinputをブラックボックスに通すと、必ず(もしくは高い確率で)同じoutputが得られることを統計的に説明したもの
 

ってことになりますかね。

artからscienceへ…?

Evidence Based Physical Therapy(EBPT)は、そのevidenceを用いて、もしくは重視して展開するPhysical Therapyです。

同じ患者はいないから、同じ条件で治療・訓練はできません。
その都度試行錯誤しながらより効果的なPTを目指していく。
経験を積むと試行錯誤は少なくなり、より早く、確実に、高いレベルでPhysical Therapyができるようになる。

 

まさに職人芸。

アートの世界ですね。

アートだから熟練するまで時間がかかる。
皆さん、よく経験年数聞かれるでしょ?

臨床に出てどのくらい時間がたったかが、どのくらい熟練したのかの一応の目安になるという認識があるんですね。

でもこれ、症例を集めていけば、先輩たちの遺産を有効に使うことができますよね。
しかも、似たような病態の人に同じようなことをやって、同じような結果が出てるとしたら、それを使わない手はない。

一気に熟練するまでの期間を縮めることができます。

それがevidenceです。

勘と経験に頼る職人芸よりも科学的。まさに科学的根拠。科学バンザーイ!!

でもちょっとまって。

それは科学ですか?

科学と技術

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例えば、100回やったうちの1回だけ偶然に違う結果になったとします。
それは技術としては百発百中じゃないけど、まぁまあ使えるもの。

でも同じ結果が出た方がいいわけだから、百発百中を目指す。
それがテクネー、技術です。

科学は1回の偶然を特殊な条件下で起きた必然と捉えます。
そこに新しい発見が生まれ、今までの発見を内包する形で科学は進歩します。

それがエピステーメー、科学の知です。

技術は同じ結果が出るようにすることを求めます。
科学は事実に隠れた法則を見つけようとします。

技術は誰がやっても同じ結果が出る方法を考えます。
科学は違う結果が出た理由を考えます。

とすると、EBPTは技術だと思いませんか?

EBPTはPTの核になり得るか?

患者の症候が一定の条件に収まるとき、ある治療技術を適用すれば、一定の結果が得られる。
それがEvidence Based Physical Therapy(EBPT)です。

なんて楽なんでしょう。素人でもできそう。なんちゃって。

僕は「evidenceに従っているから科学的だ」というのは科学的ではないと思っています。
evidenceにのらない患者が現れたとき、はじめて科学的思考が始まります。

現象を究明して、法則を発見し、治療を行う。

それこそエピステーメー、科学の知です。

そして治療不可能だったものが治療できるようになってくると、artといわれるようになります。
普通にやってたら治療できないんだら、普通の人から見れば治療できる人が不思議でたまらない。

まさに職人芸。まさにartです。芸術的。

そのartを誰でもできるようにしていくのがテクネーです。

scienceとartを対比して、「EBPTはsicenceである」という人もいますが、ここまで読んだ人はそれが勘違いであることに気づくでしょ?

artはscienceとtechnologyの間にあります。
EBPTはPTのtechnologyです。

science → art → technology

という図式が成り立つんです。

evidence信仰にはまると、セラピストとしての核を失います。

どうか、科学的思考を忘れずに!
その上でのevidenceですよ。

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