「PT・OT・ST自分の仕事」

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「PT・OT・ST自分の仕事」

今日はfacebook上で「同じテーマで投稿しよう!」という投稿会の日です。
テーマは「PT・OT・ST自分の仕事」

僕はOT資格取得のあとPTも取得した変わり者です。

理学療法士は基本的動作能力を…というのは他の参加者がきっと繰り返し言ってくれていると思うので割愛。
対して、作業療法士は応用的動作能力と社会適応能力を…というのもきっと誰かが書いてくれているでしょう。

 

Occupationという言葉

Occupaitonal Therapy=作業療法と訳されています。
Occupation=作業...ですか?

「個は環境世界との出会いによって主体となりうる。」
ヴァイゼッカーという人の主張です。
その、個と環境世界の境界で生じている出会いを「相即」と言っています。
ヴァイゼッカーは、知覚と運動の関係から、人間とは何かという問いへ話を進めているのだけれども。

 

Occupationは個人と社会のレベルで生じている相即といえます。
(間違ってたらごめんなさい)

環境世界との関わりが境界を作り、境界によって個は主体となる。
環境とのかかわりを失うと、個は主体としていられなくなる。

例えば障害を負って生活環境とのかかわりが失われれば、生活主体としては存在できなくなります。

どうしたら再び主体となりうるのか。

自ら相即を取り戻すしかないんです。
それはおそらく、以前とは違う境界線になる。望んだものとは違うかもしれない。

ただ、その境界線で納得できなければ、主体となれないまま人生を終わることになる。
OT

魯迅「故郷」の中の一節

 彼らは、新しい生活をもたなければならない。私たちのかつて経験したことのない新しい生活を。・・・・思うに、希望とは、もともとあるものだともいえぬし、ないものだともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。


魯迅の『故郷』の中の一節です。主人公の”私”とルントウは幼いころ一緒に遊んだ中でした。

ただ、”私”は坊ちゃんであり、ルントウは雇い人の子です。
わけ隔てなく遊んだ中なのに、20年ぶりに帰郷した”私”はルントウに「旦那様」とはっきりとあいさつをされます。

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その言葉で”私”とルントウの間には悲しむべき厚い壁ができていることを悟ります。
”私”が不在の間に、子沢山、不作、過酷な税金、兵と匪と官と紳が彼を苦しめ続け、彼を変えてしまったと。

そして、”私”は「引っ越すので残ったものはどれでも持って行ってよい」とルントウに告げます。

いくつかの品物を選んでルントウは去りますが、引っ越しの間際、ワラ灰の中からいろいろなものが掘り出されます。
それはルントウが、灰を運ぶときにこっそりと掘り出して持っていこうとしたものでした。
欲しければ欲しいと言ってくれればいいのに…。

立場が違う、人生が違う、越えられない壁がある。笑いあえた仲なのに。
だから彼らは”私”から離れて新しい道を歩かねばならないのでしょう。

 

「俺の気持ちがわかるか!」

患者さんに言われたことがあります。確かにわかりません。嘘はつきたくないですし。
それに、障害を負うということは、他人が理解できるほど生易しいものじゃないでしょ?
僕は”私”のように何か役立つものを持たせることはできても、代わりに歩くことはできません。

だから、あなたが自分の足で、足がなければ這ってでも進んでいかなきゃならないんです。
おっと、話がずれました。

作業療法の定義から

2004年のWFOTの作業療法の定義は、「相即」=Occupationと読むと理解できます。

ただ、Occupational TherapyをPhysical Medicineとの関連でいえば、Occupationが内在する物理的要素を医学的生体物理学の応用として治療に応用するのが作業療法です。
それは、失われた境界まで個を近づける試みといえます。
また、Physical Medicine and Rehabilitationとの関係でいえば、新しい方法、新しい環境を用意して新しい境界でのOccupationを復活させること、すなわち、環境の側を個に近づける試みです。
日本の法律では作業療法は、Physical Medicine、Psychiatric Medicineへの応用とRehabilitationとの関係で定義されています。

つまりはOccupationの医学的生体物理学または精神医学への応用が我々作業療法士の仕事。

そしてその技術をMedical Rehabilitaionに生かすことです。

 

作業療法士として

Physical Therapyは純粋に物理医学の中の治療職として発展してきたのに対し、Occupational Therapyは一部を物理医学の中に応用しています。
いわゆるOTは、Occupational Therapy in Physical Medicine and Rehabilitationといった方が正確でしょう。
Occupationが人を主体として存在させる境界をだとすれば、Occupational Therapyはとてつもなく広く深い。

日本で求められている作業療法はin Physical Medicine and Rehabilitationであることは間違いないですが、

Occupationの深さと広さを忘れてはPTの二番煎じになってしまうのではないかと思っています。

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